理想的な自然環境とは
かつて日本では数百年あるいは千年以上の長い時間をかけて、ゆっくりとした町づくり・集落づくりが行われてきました。
自然の開発に際しても、人間は半自然性の生物社会の一員、生態系の構成メンバーとして、十分共存してこれたのです。
したがって川の浄化能力一つを例にあげても、よく古老がいっていたように、川に汚物を捨てても、三間下がれば川の水が飲めたといいます。
それは川に入ったものが生態系の生産者としての植物の落葉であっても、また消費者としての動物の排泄物であっても、川の中には無数の分解・還元者としてのプランクトンや珪藻類などがいます。
それらが、あっという間に分解・還元し、川は自らをきれいにしていたのです。
今日では、川が死に、池にアオコが発生し、海に赤潮がふえています。
それは、各地の川や海岸域の分解・還元能力、水質浄化能力に過大の依存をしすぎていた結果ではないでしょうか。
しかも、浄化能力以上の大量の生活廃棄物・産業廃棄物などが、すべて川や海に流されることに問題があります。
とくに問題なのは、新しい質の物質が捨てられることです。
長い時間をかけてゆっくりと多様なシステムを築いてきたのが現在機能している生態系ですが、その構成物質以外の、今だかつて自然界や人間の生活域になかったような新しい質の化学物質が、市民のさまざまな欲望に対応して、新製品を作る過程においてつくり出されているのです。